『私なりの『あしたのジョー』の解釈』
今まで『あしたのジョー』に関する研究本は数多く出ているが、今回の一冊は最も熱い内容の書物(著者が『逆境ナイン』『燃えよ!ペン』の島本和彦氏であるから当然といえば当然なのだが)になっている。
確かに『あしたのジョー』という作品は誰もが認める漫画史上、類をみない異色の名作である。本来、スポーツ漫画、例えば、野球漫画であれば優勝を目指し、ボクシング漫画を例にとっても本来ならばチャンピオンを目指すため、主人公がそれに向かって努力するのであるが主人公・矢吹丈の場合、金や名声が欲しくてボクシングを始めたわけでもなくただ生まれて始めて自分に土をつけた力石徹を倒したいがために(しかも後に力石が元プロボクサーであることを知り、その力石から丹下段平に教わった左ジャブだけがプロなみの本格と認められたことも大きく影響し)ボクシングを始めた事がきっかけである。
もし、力石がボクサーではなく、空手家やムエタイの選手であれば、ジョーも当然、力石を倒すため同じ世界に身を投じていたであろうと思う。
力石の死後、生きる術を失ったジョーにとってはカーロス戦で復活したように思ってもやはり、どこか自分の死に場所を探すために生地をさまよっていたような気がしてならないし、最後の世界タイトルマッチでチャンピオン・ホセメンドーサーに判定で敗れてもこの死闘で真っ白に燃え尽きることのできたジョーにとってはまさに自分の死に場所を見つけることができ、だからあの最も有名なラストの微笑みながら真っ白になって座っているシーンでのジョーの微笑みも読んでて腑に落ちるいいラストだと思います。
私自身は『劇場版あしたのジョー2』から入ったので出崎統氏の類稀なる演出とラストのシーンでジョー山中さんの唄うエンディングに感動して『あしたのジョー』を読み始めた世代なので著者・島本氏とは少し異なる考えかなと思いました。